名古屋地方裁判所 昭和41年(モ)1112号 判決 1968年10月21日
申請人 渡辺三千夫 外七名
被申請人 社団法人全日本検数協会
主文
一 申立人(被申請人)、被申立人(申請人)等間の名古屋地方裁判所昭和四一年(ヨ)第一二九号地位保全等仮処分事件について、当裁判所が同年三月一一日なした決定はこれを取消す。
二 被申立人等の本件仮処分申請は、いずれもこれを却下する。
三 訴訟費用は、被申立人等の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求める裁判
一 被申立人
主文第一項掲記の仮処分決定を認可する。
二 申立人
主文同旨。
第二被申立人等の主張
一 申立人は、東京都に本部を置き、名古屋市の他全国数都市に支部を置き、貨物の検数・検量および貨物事故の調査立会等の業務を行なう社団法人で、被申立人等は、かねてからいずれも申立人協会名古屋支部の従業員であり、また、いずれも昭和四〇年一一月頃申立人名古屋支部従業員で組成される労働組合である申請外全日本港湾労働組合東海地方名古屋支部全検分会の組合員、同分会の執行委員で被申立人渡辺は、右支部の副委員長、同有本は右分会の分会長、同立野は副分会長、同白井は書記長の任にあつたものである。
二 申立人は、昭和四一年一月七日、被申立人等に対し、それぞれ内容証明郵便を以つて、同日付で解雇する旨の意思表示をなした。その理由は、被申立人等について申立人就業規則第三九条第五号「……協会業務の正常な運営を妨げたとき……」、同条七号「……前号に準ずる事由があるとき……」に該当する事実が存したと言うものであつた。
三 しかしながら、被申立人等について申立人が理由としたような事実はなく、本件解雇の意思表示は、被申立人等の正当な組合活動を真の理由になされた不当労働行為で無効である。申立人が被申立人等の解雇事由とするところは、申立人の説明によれば被申立人等が分会執行委員として、昭和四〇年一一月一三日、勤務時間中に申立人の許諾なく分会執行委員会を開催し、また同日午後五時以降、分会員に対し時間外勤務拒否を指導し、さらに翌一一月一四日、分会員に対し、全面的就労拒否を指導し、これにより分会員に就労拒否を行なわせ、もつて協会の業務を妨害したと言うものであるが、右行為は、いずれも正当な組合活動で、これにより被申立人が責任を問われるべき違法な業務阻害行為とすることはできない。
(1) 昭和四〇年一一月一三日午前八時頃、被申立人有本、同浅井、白井は、所定の手続を経て有給休暇をとり、その余の被申立人は、組合用務のため欠勤することを予め申立人から承認されたうえ分会執行委員会を開催し(但し有本、浅井は出席しなかつた)、同日夕刻から冬期一時金要求貫徹・不当処分反対・日韓条約反対を目的として残業拒否を行ない、分会員を同夕行なわれる日韓条約批准阻止統一行動に参加せしめることを確認し、動員計画を決定した。日韓条約批准阻止統一行動への参加することの決定は、日韓条約について政府自民党の手により衆議院において強行採決が行なわれ、これに抗議すべく総評臨時大会の決定およびこれに基づく全港湾中央本部その他上部機関(全港湾名古屋支部)の「分会員は、残業拒否をし、愛知県民会議の統一行動に参加せよ」との指令に基づきなされたものである。
(2) そして、右上部機関の指令ならびにこれを受けた分会執行委員会の確認や動員計画の決定に従い、分会員は、一一月一三日午後五時以降、時間外勤務を拒否し、国鉄豊橋駅に赴き統一行動に参加した。
(3) しかして、翌一一月一四日朝、分会員のうち数名の者が、一分から四、五分位遅刻したところ、申立人は、前夜の統一行動参加に対する報復措置として、申立人と分会との間に一時間以内の遅参は、単に遅刻扱いとして無届欠勤扱いとしないとの協約があるにも拘らず、あえて無届欠勤扱いとした。そこで、被申立人等分会執行委員は、他の分会員とともに申立人に対し、厳重な抗議を行なつたが、申立人はその態度を変えないので、被申立人等はこの旨支部に報告し、その指示を求めたところ、支部は直ちに全分会員に対し、一一月一五日始業時までの一切の業務を拒否するよう指令した。そこで分会員は、これに従つて就労を拒否した。
(4) そうすると、右各行為は、予め申立人から就労義務を免除された者がその執行委員会をいつ、どこで開催し、どのようなことを討議することかは、本来使用者の容喙し得ない組合員の自由に属すること、一一月一三日当時、分会と申立人との間には時間外勤務についていわゆる三六協定が締結されていたものの、同協定自体が分会員に超過勤務すべき義務を負わせるものでないこと、一一月一三日の時間外拒否が仮にストライキと目されるにしても、右ストライキは経済的要求を併わせかかげたものであるから、仮に政治ストを違法とする立場によるとしても政治ストに当らないこと、一一月一三日の時間外勤務拒否および一四日の就労拒否は、支部指令に従つて組合の行動としてなされたもので、単なる業務妨害行為と異なること等に照らせば、正当な組合活動と言うべきものである。
(5) また仮にそうでないとしても、前記被申立人等を含む分会員のなした行為は、組合の活動としていわゆる集団的労働関係に属するのであるから、これについて個々の従業員の個別的労働関係、即ち労働契約上の法律関係をのみ支配し規律する就業規則が適用さるべき余地はなく、その第三九条第五号、第七号を適用し行なわれた通常解雇は、実質的に争議行為を理由とする懲戒解雇にほかならない点をまず別としても、違法無効である。
(6) さらに申立人は、前記行為について被申立人等の責任を追及するに際し、同人等が組合幹部であることを理由に、平組合員に比べ加重した責任を追及しており、これは実定法上根拠のないいわゆる幹部責任を追及するもので、許されないところである。
四 したがって、前記理由により、被申立人等に対する解雇の意思表示は無効であるところ、申立人は解雇の有効を主張し、昭和四一年一月七日以降、被申立人等をその従業員として取り扱わず、かつ毎月二八日限り支払うべき別紙債権目録記載の賃金も支払わないばかりか、解雇された従業員が執行委員であるとの理由をかまえて分会との団交さえも拒んでいるため、被申立人等は、右著しい損害を生ずべき事態を避けるべく、名古屋地方裁判所に「申立人が昭和四一年一月七日、被申立人等に対してなした解雇の意思表示の効力を本案判決確定に至るまで停止する。申立人は、被申立人等に対し、それぞれ昭和四一年一月八日以降、本案判決確定に至るまで、毎月二八日限り、一か月につき別紙債権目録記載の割合による金員を仮に支払え」との仮処分を申請し、同裁判所は、これを認容する決定(但し決定金額は同目録記載のとおり)をなしたところ、右決定は、以上述べた理由により至当であり、認可さるべきものである。
第三被申立人主張に対する申立人の答弁
一 被申立人等主張一の事実は認める。
二 被申立人等主張二の事実は認める。
三 被申立人主張三のうち、被申立人等が、昭和四〇年一一月一三日、分会執行委員会を開催したこと、また同日その決定方針に基づき分会員が時間外勤務を拒否したこと、翌一四日朝、分会員の遅刻の取扱問題に端を発し、分会員が就労を拒否したことはいずれも認める。
被申立人等が右一一月一三日の執行委員会の開催および同日の分会員の時間外勤務の拒否ならびに一四日の分会員の就労拒否が、正当な組合活動であると主張する部分はいずれも否認する。
四 被申立人主張四のうち債権目録記載の金額が平均賃金額であることを認め、被申立人等について保全の必要性を主張する部分は否認する。
第四申立人の主張
一 (1) 被申立人等は、組合の三役若しくは執行委員として、昭和四〇年一一月一三日、分会の執行委員会を開催するにあたり、その前日申立人名古屋支部(以下、単に協会という)より業務上の都合で期日を変更するよう要請されていたにも拘らず、それを無視し、強引に勤務時間中に執行委員会を開催し、以つて協会の業務を妨害した。しかして右執行委員会開催の目的は、日韓条約粉砕のための時間外勤務拒否のストライキを決定、実行するためであつた。
(2) 被申立人等は、分会三役若しくは執行委員として、昭和四〇年一一月一三日、協会の再三の注意警告を無視して日韓条約粉砕のための時間外勤務拒否のストライキ指令を発し、分会員四二名に時間外勤務拒否をさせ、以つて違法不当な争議行為を企画・指導することによつて協会の業務を妨害した。
(3) 被申立人等は、昭和四〇年一一月一四日朝、協会海上作業第三課において、被申立人藤戸の遅刻出勤に対する協会側の取扱いが不当であるとして、小林課長を吊し上げて職場を混乱させたばかりでなく、「馬鹿らしくて仕事なんかできるか、全員仕事を放棄して組合へ引きあげよ」とか、「就労するな」とか、「組合へ引きあげよう」とか、こもごも発言して居合わせた分会員を煽動して約六〇名の組合員をして就労を拒否させ、以つて協会の業務を妨害した。
(4) そして右に引き続き、被申立人等は、組合三役若しくは執行委員として、さらに右(3)の行為を拡大し、既に当日海上作業沿岸作業ならびに業務内勤に従事就労している分会員に対してまで職場放棄を指令して、現場から引きあげさせ、申立人協会の業務を完全に麻痺させ、以つて協会の業務を妨害した。
二 しかして右各行為は、次の理由により違法である。
(1) 先ず、一一月一三日の執行委員会の開催についてみるに、申立人においては、かねてから就業中の組合活動についてできるだけ申立人協会の業務に支障をきたさない時期・方法を以つて、かつ予め協会へ届け出て行なうとの労使慣行が存在していた。とくに、一一月一三日は休暇のため勤務につく従業員が少く、もし執行委員会を開催するときは、業務運営に支障を来たす事情にあつたに拘らず、被申立人等は、これら従来の労使慣行や、当日の業務運営の実情を無視して、申立人の許諾なく、就業時間中に、組合活動の名をもつて執行委員会を開催したものである。
(2) 次に、一一月一三日の時間外勤務拒否についてみれば、右行為は、当時分会と申立人との間に時間外勤務についていわゆる三六協定があり、分会員が時間外勤務をすべき義務を負つていたにも拘らず、あえて事前の警告を無視してその義務にそむいて行なわれたものである。しかもそれは被申立人等が自認するが如く、日韓条約粉砕統一行動という純粋な政治目的を含むものに参加すべく計画され、実行された業務放棄である。そして分会の動員計画に基づき多数の分会員が組織的に参加し行なわれた点からみて右業務放棄は政治目的のためなされた政治ストに該当し、違法である。被申立人は、右行為は日韓条約粉砕のほか冬期一時金貫徹・不当処分反対の経済要求が併わせ掲げられていたので政治ストには当らないとするが、分会が申立人協会に対し冬期一時金の要求をしたのは僅か数日前で、これについて何等交渉もなされておらず、例年の取扱いに従えば、右問題は申立人側の回答を待つて一二月頃に至つて具体的に折衝をすべきものであつたこと、および、いわゆる不当処分問題は、裁判所で係争中のため労使双方ともその裁定に従うとの了解の下に、一応棚上げされていたこと等に照らせば、当時、右二つの問題がもともとストライキに訴え解決すべき状況ではなかつたことは明らかであり、右問題が付随的にしろ、右ストライキの目的となつていたとの主張は事実にそくせず、結局、右ストライキは、スローガンの一部に形式的にこれらの項目をかかげたにとどまり、実質的に政治目的のみのために全国的なスケジユールにしたがつてなされた純粋の政治ストで違法である。
(3) また、一一月一四日の就労拒否についてみるに、右就労拒否は、その拒否事由ないし前記一一月一四日の経過に鑑みれば、突発的な「山猫」的に行なわれた業務放棄行為で、被申立人等の主張する支部指令なるものは後になつて作為せられたものである。仮にこれが分会としてのストライキだとしても、当時分会と協会との間には、いわゆる平和義務を定めた労働協約が存在しており、交渉中の問題ないしいまだ交渉の行なわれていない問題についていきなりストライキをすることは許されていなかつたのであるから、右ストライキは平和義務違反の争議行為として違法であること明らかである。
三 以上によれば、被申立人等は、執行委員として分会の組合活動を指導するとの名目の下に、互に意を通じたうえ、違法に協会業務を自ら妨害し、あるいは分会員に妨害させたものであるし、仮にそうでなく組合活動としてこれをなし、または、なさしめたものであるとしても、それは違法であるから、これが業務妨害に該るとの理由をもつてなされた申立人の解雇の意思表示は、有効で、これを以つて正当な組合活動の故になされた不当労働行為であるとすることはできない。
そうすると、被申立人等の主張は、全く理由がなく、被申立人について被保全権利は存しないと解されるところ、名古屋地方裁判所は、先に一回の極めて簡単な審尋をしただけで、何等の理由を示すことなく、漫然と被申立人等の前記仮処分申請を認容する決定をなした。したがつて、前記の仮処分決定は違法であるから、取消されるべきものである。
第五証拠<省略>
理由
一 被申立人等がかねてから申立人に雇われその従業員であつたこと、被申立人等がいずれも昭和四〇年一一月頃申立人名古屋支部従業員で組成される労働組合全日本港湾労働組合東海地方名古屋支部全検分会の組合員、同分会の執行委員であつたこと、被申立人渡辺が右支部の副委員長、同有本が右分会分会長、同立野が副分会長、同白井が書記長の任にあつたこと、昭和四一年一月七日、申立人が被申立人等に対し解雇する旨の意思表示をしたこと、申立人が被申立人等を解雇した事由が被申立人等主張のとおりであつたこと、以上の各事実については当事者間に争いがない。
二 そこで第一に、解雇事由とされたもののうち、昭和四〇年一一月一三日午後五時以降行なわれた分会員等の時間外勤務拒否について、これが争議行為に該るかどうかについて検討する。
この点について、成立に争いのない疎乙第一号証の三、同第五号証、同第七号証の一、二、同第八号証、同第一七号証、同第二九号証の四、五、証人大坪一正、同海田浩明の各証言、申立人代表者本人岡田良雄の供述を綜合すれば、先ず次の事実が認められる。
分会の上部団体である全港湾名古屋支部と申立人との間には、分会所属従業員の時間外勤務について、昭和四〇年四月一日付、双方代表者署名捺印のうえいわゆる三六協定が締結され、次いで、昭和四〇年五月から六月頃にかけて、分会員の賃金その他の労働条件等について団体交渉を行なう過程で、「賃金協定」およびこれと一体をなす附属協定たる「昭和四〇年度昇給および取扱いに関する協定」が締結された。しかして右附属協定の中には、前記四月一日付の三六協定を前提として、同協定中に所定労働時間を超える場合の勤務の終了時刻は所属長の命ずるところによるとか、時間外勤務の場合における賃金計算の方法とか、時間外勤務に関する各種の定めが規定されていた。そして右のように、労使間に三六協定、賃金協定、附属協定の形態で時間外勤務に関する命令方法、賃金計算方法が、確認合意されたことを前提として、同年六月九日、前記三六協定について所轄労働基準監督署長宛三六協定締結の届出がなされた。また、一方分会員等は、従前から前日の職務配置指示の形で含め行なわれていた申立人の時間外勤務命令に基づき、確立された労使慣行として、継続的に時間外勤務を行なつてきていた。(労働基準監督署長に届出のなされるいわゆる三六協定の存否如何によつて、右時間外勤務の義務が消長を来たす等という意見が、分会内あるいは申立人内において聞かれた、あるいは、右届出のなされていないことを理由に分会員が時間外勤務をなさなかつた等の事実は、疎明されない。)
したがつて、昭和四〇年四月一日付分会の上部団体と申立人との間に締結された三六協定は、その当事者の一方が単に特定の事業所の労働者の過半数を代表するにとどまらず労働組合であること、代表者の署名押印を経た文書の形でなされたこと、同協定締結前においても従来確立された労使慣行として分会員の時間外勤務が行なわれていたこと、および、一方、賃金協定ならびに附属協定が分会員は時間外勤務義務を当然には負担しないことを留保して締結された等の事情については疎明もないことにてらせば、分会員が申立人から命じられた際は時間外勤務に服する義務を負担する趣旨で締結された労働協約であると認められる。
そうすると分会員等は、昭和四〇年四月一日付全港湾名古屋支部が申立人との間に締結した三六協定について、同年五月頃から六月頃にかけて労使交渉を重ね賃金協定ならびに附属協定の形で具体的に時間外勤務に関する賃金等の細目を定め終えた時期である昭和四〇年六月ごろにおいては、右労働協約の性格を有する三六協定上、申立人に対し一般的な時間外勤務義務を負担するに至つたものというべきであるから、昭和四〇年一一月一三日当時も、右一般的な義務を前提とし、具体的に申立人が前記職務配置等の方法により、特定の日時・場所での時間外勤務を命じた場合においては、申立人の承認を得た場合を除いて、当該時間外勤務命令を、自己の意思によつて恣意的に拒絶する自由を有しない状況にあつたものというべきである。
しかして前掲証拠によれば、昭和四〇年一一月一三日、分会員等について、既に時間外勤務命令が発せられていたことは明らかであるから、これについて右命令に服すべき義務が免除、阻却されていた等の事情も認められない以上、前掲疎乙第八号証によりその参加が認められる四二名の分会員は、一応申立人の許諾なく、時間外勤務拒否をなしたものと認められる。
もつともこの点について、被申立人等は、いわゆる三六協定は使用者に対し免責を与えるのみで、労働者に時間外勤務に服すべき義務を課するものではないと主張する。しかし右主張は、いわゆる三六協定が、その純粋な形態においてそのような効力しかもち得ないとの趣旨であれば、当裁判所としてもこれを正当として是認するところであるが、先に説示したとおり本件では三六協定自体が、先ず労働協約たるために必要な方式を備え、そのうえ当事者間において、右三六協定を時間外勤務義務を負担する趣旨で、締結している等の事実が認められる場合においては、明らかに妥当しない見解である。
したがつて、被申立人等の右主張は、排斥を免れない。そうすると、一一月一三日、分会員等がなした時間外勤務拒否は、単に自己に許容された時間外勤務をすると否との自由を行使したものにすぎないとはいえず、あえて申立人の時間外勤務命令を拒み就労しなかつたものというべきである。しかして右分会員等の労務不提供が前掲証拠により認められる如く四二名の参加を得て行なわれ、またこれが全港湾名古屋支部の指令、および、これに意を通じた被申立人等による右指令の確認・動員計画の樹立・これに基づく具体的指導によつて行なわれたことは、弁論の全趣旨により明らかに認められるところであるから、右分会員等の時間外拒否は、それがなされるに至つた経過、規模ないし組織性からして、分会としての労務不提供、即ちストライキに該ることは多言を要しないところである。
三 そこで更に進んで、右ストライキの正当性について判断する。
昭和四〇年一一月一三日、全国各地で日韓条約反対等の集会、抗議行動および前記ストライキが行なわれた理由、経過は、成立に争いのない疎甲第三号証の一ないし四、疎乙第二六号証の一ないし三、弁論の全趣旨によれば次のとおりである。
即ち、
昭和四〇年一〇月五日、日韓条約批准のための臨時国会が招集された。かねてからこれについては国内において政治的に賛否両論があり、とくに革新陣営によつてこれが締結反対が唱えられていたこともあつて、総評は、同年一〇月六、七日の両日、臨時大会を開催し、日韓条約阻止のため革新政党と連携しつつ、安保斗争以来の大反対斗争を行なうべく全国一斉に抗議スト・抗議集会等を含む統一行動を行なうことを決定した。そしてこれに基づき全港湾は、その全国大会でこの総評の方針に従がうことを決定し、同年一〇月八日、各支部に対し、同年一〇月末日までに、「日韓条約批准阻止・ベトナム戦争反対」のスト権を確立し、ストライキの準備をなし、一一月一四日頃から一一月二九日頃までの国会審議の段階で、職場要求、地方要求等を結合させ、右目的の実力行使を展開できるよう指示した。そして併わせて全国的な統一ストライキの実施について、別途本部より指令する旨の連絡をなした。その後、前記総評の基本方針を受けて、全港湾は、総評傘下の他の労組と歩調を合わせ、全国一斉に時間外勤務拒否を重点的に行ない時間外勤務のないところでは、一時間の職場内にくい込む職場集会を行なうよう決定した。そして一一月八日、各支部にその旨電報指令を発し、併わせて中央段階では一一月五日以降日韓条約反対斗争に組合員を動員し、とくに一一月八、九、一三日は、根こそぎ動員を行なう旨の方針を発表した。かかる経過の中で、全港湾名古屋支部は前記総評ならびに本部の意を受けて、一一月一一日当面の具体的行動として労使諸協定の完全実施・不当差別・不当処分反対・冬期一時金要求貫徹・日韓条約批准反対・米原子力潜水艦寄港反対の項目をかかげて斗争をなすことを決定し、名古屋支部検数部会全検分会分会員に対し「一一月一三日、全組合員は残業を拒否し、県民会議の統一行動に参加せよ」との指令を発した。そこで分会は、右指令を確認し、更に具体化し、当日の動員態勢を確立するため、一一月一三日午前八時頃から分会執行委員会を開催し、右指令を分会として確認し、分会員の具体的な動員計画を決定し、執行委員会終了後被申立人等がそれぞれ分会員の就労している現場に赴き、同日夕刻まで日韓条約反対阻止統一行動に多数の分会員を組織的に参加させるべく、オルグ活動を行なつた。そしてこれに基づき、時間外拒否の名において、前記ストライキが行なわれ、就労しなかつた分会員等の多数が、名古屋市内で行なわれた日韓条約粉砕のための抗議デモ、集会、あるいは豊橋駅で国労組合員等を中心にして行なわれた実力行使の支援に赴いた。
そうすると一一月一三日、全国的に行なわれたいわゆる日韓条約反対のための統一行動は、中央レベルにおいては総評臨時大会の決定経過や決定内容自体に照らし明らかな如く、専ら政治的目的をもつたものであつたことが看取されるものである。また、各単産あるいは支部段階では、全港湾の場合に示される如く、そこに一応前記政治目的のほか付随的に経済要求が付加され、現に全港湾名古屋支部の執行委員会では、一一月一三日の行動目標として、冬期一時金要求・不当処分反対等の非政治的項目がその目標として付け加えられていることが認められる。しかしながら、支部執行委員会で右付加的目標についてこれを具体的に検討し、これを日韓条約反対問題と同様に実質的に取扱つたとの事実については、疎明がない。また、分会レベルにおいても、一三日夕刻までの間において、右付加的な行動目標について、これを具体的に検討した事跡は見られない。かえつて成立に争いのない疎乙第六号証によれば、前記一一月一三日のストライキについて、その前提としてスト権を確立するについて、分会がこれを日韓条約粉砕のためのものとして確立している事実が認められ、右事実は、前記認定の一〇月八日付の全港湾本部の同月末日までに日韓条約批准阻止、ベトナム戦争反対のスト権を確立せよとの指令にも即応している。
しかして前記申立人代表者本人岡田良雄尋問の結果によれば、分会が申立人に対し、冬期一時金要求を提出したのは一一月九日前後で、これについて申立人は、一三日当時未だ何等かの回答はおろか、これに関する一回の交渉も分会との間に開かず、右問題は労使間において例年通り一二月を迎えた後、本格的に検討することが予定されていたこと、いわゆる不当処分問題はその主要なものが当裁判所で係争されていたこともあつて、労使双方とも裁判所の裁定にゆだね、その結論を経たうえ検討するとの立場を相互に確立していたことが認められるのであるから、これらの諸事実から考えれば前記付加的な目標が、例え、それが付随的にしろ実質的に一一月一三日のストライキの目標となつていたと認めることは困難である。
これを要するに、分会員等は、一一月一三日、形式的にはその目標として経済的目的ないしこれに付随する要求を項目としてかかげたものの、実質的には、日韓条約の批准に反対するため前記ストライキをなしたものであり、また、被申立人等が意を通じたうえ、これを具体的に企画・指導・実行させたことは明らかである。
しかしながら、いわゆる政治ストについては、これを違法とすることに全面的あるいは部分的に反対があり、被申立人等もそのことを主張するので、これについて更に判断する。
この点については、憲法・労働法が労働者に団結権・団体行動権・団体交渉権を認めた趣旨が、使用者との関係において労働者の地位を実質的に強化し、その経済的劣位を排除しようとする点にあることは何人も異論を差しはさまないところ、一方、使用者が時の政府の既存の条約の改定・廃棄・新たな条約の締結等、外交政策、政治問題についてこれを容喙し変更させるが如きは、例え、その使用する労働者の要求ないし支援があつても為し得ないこともまた自明の理であるから、労働組合が、単独もしくは特定の政治団体とともに、そのような政治問題に対する一定の政治的見解を前提とし、これに基づき右政治的要求を使用者に対する関係においても主張し、これについてストライキを行なうが如きは、他にそこに使用者との間で団体交渉の方法で解決し得べき経済的要求を付加的に主張しているといないとに拘らず、使用者との間で団体交渉の方法によつて妥結し得ない要求をそこに含んでいる限りにおいて、既に許されないところである。いわんや、前認定の本件ストライキの如く、その付加的な目標が実質的意図もなく、単に形式的にスローガンの一つに掲げられていたにすぎなかつた場合においては、これを以つて経済的ストライキに附随する政治ストライキの適否自体の問題ともなし得ないところである。なお、政治ストについては、自己の使用する労働者が、一定の政治的立場を採用したことの結果として、使用者が当然にストライキ自体による不利益を甘受しなければならないとの法理は、憲法が労働基本権を保障し、その限度において使用者の財産権の制限を認めているものの、一方において右制限を除く他、使用者の私有財産権ないしこれに基づく企業経営上の諸権利を承認している以上、それが貫徹ストでないとしても現行実定法秩序の上では、にわかに正当性を肯認し得ないところである。
したがつて、この点においても本件ストライキが、政治ストとしての違法性を阻却されないのは当然である。
してみれば、他に反対事実について特段の疎明もない限り、前記一一月一三日のストライキは、その手段・態様の適否を判断するまでもなくその目的において違法というべく、右ストライキについては、民事・刑事上の免責はあり得ず、いわんや、不当労働行為制度による救済を適用する見地においても、その正当性が是認されないこと当然である。
四 また以上の判断を前提として、一一月一三日の勤務時間内における分会執行委員会の開催の適否について検討するに、右違法な政治ストの具体的な実行方法について討議・決定するため開催された同日午前八時からの分会執行委員会自体も、専ら違法なストライキの具体化・実行の準備のためなされた点で、既に違法な組合活動であること明らかである。したがつて、右違法な組合活動について申立人がこれを勤務時間内に行なうことを承諾した事実が仮に疎明されるとしても、その事自体は、申立人に職務に専念する義務違反の責任を追及されないことの効果をもたらすだけで、これによつて組合活動自体の客観的な政治ストライキの準備活動たる点での違法性が、治癒されるに至るものではない。そうだとすれば、既に違法な組合活動たること前認定のとおりであるから、被申立人等の勤務時間内の組合活動が許容されていたとの主張は、排斥を免れないこととなる。
五 次に、一一月一四日の一斉就労拒否について検討する。
この点については、先づ成立に争いのない疎乙第九、一〇、一五、一七ないし二五、二七、二八号証、同第二九号証の一ないし五、証人小島由春、同大坪一正、同鈴木進、同海田浩明各証言ならびに申立人代表者本人岡田良雄の尋問結果によれば、次の事実が認められる。
被申立人藤戸は、昭和四〇年一一月一四日朝、予め指令された午前七時三〇分の出勤時間に約七分遅れ、午前七時三七分頃出勤した。従来分会と申立人との間においては、従業員の遅刻について、それが一時間以内であるときはこれを無届欠勤としないよう分会が提案したことはあつたが、右同日頃、かかる取扱いを許容する趣旨の合意、ないし労使慣行は存在しなかつた。そのため指定出勤時間に遅れた従業員は、後発的に何等かの例外的な事情が生じ、そのため、代替業務につき得た場合を除いて、いわゆる検数作業がデスクワークでなく、一定時刻に出発する連絡船等によつて遠隔の本船等に赴きなされるという特殊事情をもつていたことから、結局遅刻した日は通常作業につき得ず、ノーワーク、ノーペイの原則が比較的申立人内において厳格に行なわれていたこともあつて、当日分の賃金の支払いを受けられず、給料計算上、いわゆる無届欠勤扱いとされていた。
したがつて、被申立人藤戸の場合も、当然前記申立人の取扱い方針から同人の出勤当時既に無届欠勤扱いとされ、配置板上同人の名札は無届欠勤者欄に整理しかかげられていた。
ところが、出勤し配置板上右の措置がとられていることを見た同人は、かねてから前記の如き申立人の遅刻者に対する取扱い方針に不満を持つていたこともあつて、その措置をなじり、海上作業三課の鈴木進に対し、「これはどうなるんだ。今日仕事をさせん気か。」、「無欠ということか。」、「五分位遅れて無欠ということは誰が決めた。」、「馬鹿野郎、はやく仕事につけろ。」等、勢いのおもむくところ罵倒をはじめ暴言をなし、あげくのはてには「畜生、仕事につけなかつたらただではおかんぞ」等、威嚇的言辞を弄したうえ、更に配置調整課長の小林芳治のところに押しかけ、その頃から右騒ぎを聞きつけ附近に集まつてきた他の分会員と呼応し、「仕事につけない理由を言え。」と同人を怒鳴りつけたりした。ところが、右分会員らが集合して被申立人藤戸と共に右小林を怒鳴りつけていたところ、被申立人白井がそこに来、大声をあげ「おーい皆な聞いてくれ。藤戸さんを仕事につけない理由を聞かせてもらおうではないか。」等とアジつたため、居合わせた分会員等が口々に「そうだ。そうだ」とわめきだした。そして右事態が更に進み、たまりかね駈けつけた太縄武らにも分会員等が、「でつかい面するな。」と罵声を浴びせののしつた。そして被申立人白井が、「こんなことで仕事が出来るか。こんなことで仕事に行けるか。皆な仕事に行くな。」と業務の放棄をあおつていたところ、遅刻して出勤してきた被申立人渡辺が、「こんなことで仕事ができるか。全員仕事を放棄して引き揚げろ。」と怒鳴つたのを契機に、分会員等は「文句があつたらお前らだけで仕事をせよ。」等と叫びながら騒ぎの最中に集りその頃五、六〇名に達していた全員が、現業所を引き揚げてしまつた。そして分会員等は、五分位後再度申立人に押しかけ、抗議したうえ、再びそこを引き揚げた。その後は申立人に対し、更に交渉を開くよう求める等の方途もとらないまま、午前八時三〇分頃から、分会の執行委員が意を通じたうえ手分けし、既に就労中の分会員に業務放棄を呼びかけ、その過程で海上で就労中の分会員に対しては通船をチヤーターしたうえ現場に赴き、作業を中途で放棄させ、引き揚げさせる等の行為をなした。結局、右経過により、翌一五日始業時までの間、分会員九三名が就労を拒否した。しかして右業務拒否は、その作成の方式と押印により、真正に成立したものと認められる疎甲第三号証の六、および被申立人本人白井治良、同藤戸泰司の各本人尋問の結果によれば、一応支部および分会の執行委員の決議を経、その指令を以つて行なわれたことが認められるから、右手続がなされる以前の段階においては、単なる集団的、自然発生的な業務拒否ではあるが、とくにこれを左右する証拠もないことに照らせば、一応一五日始業時までの全経過において観察するとき、分会員等のストライキというべきである。しかしながら、右ストライキは、前認定に明らかな如く、労使間の紛争問題についてほとんど実質的な討議、団交を経ずに開始されたものであるから、申立人がこれについて全く誠意を以つて団交に応ぜず、あるいはそのことを明確に表明した等、分会員等が団交交渉を尽さないことを正当とする事由の疎明が不十分である以上、一応団交交渉を尽さないで、ストライキ権を濫用し行なわれた違法なストライキと言うべきである。そうすると、右ストライキが中途から支部の指令を以つて継続されたことが前掲疎甲第三号証の六により疎明されるものの、一方弁論の全趣旨によれば、分会員に対する就労拒否、作業現場からの引き揚げ等、ストライキの実際的な指導を、被申立人等が執行委員として中心となつてなしたことが認められるのであるから、被申立人等が右違法なストライキの実行について、法律上その責任を問われるべきことは勿論、これを理由とする不利益について、不当労働行為制度上の救済を失うことは当然である。
六 前掲一ないし五に掲示する各証拠中、以上の認定に反する部分は措信せず、他に以上の認定を左右するに足りる証拠はない。
七 次に、いわゆる幹部責任の追及、集団的労働関係における就業規則の適用の可否の問題に関する被申立人等の主張について判断する。
この点については、申立人が右違法な組合活動に関して、被申立人等に問おうとする責任が、被申立人等が単に形式的に組合の役員、執行委員であつたことを根拠にするものではなく、現実、具体的に違法な組合活動を計画・実行・指導したことによるものであることは、申立人の主張自体において明らかであるから、申立人が幹部責任を追及しているとの被申立人等の主張は、根拠がない。
また、被申立人等の責任を問うべき前記各行為が、集団行為の過程でなされたものであることを前提とし、申立人が就業規則の当該規定をこれに適用、解雇の措置に出たことは許されないとの被申立人等の主張は、右行為について申立人が被申立人各人の個人的行為の側面で捉えたうえで責任を追及していることを、その主張に照らし正解しないものであること明らかであるから、被申立人等の集団的労働関係には、就業規則の適用がないとの主張も、結局排斥を免れない。
八 結局以上各認定したところによれば、本件被申立人等に対する解雇が、同人等の正当な組合活動を理由とする不当労働行為に該るとの被申立人等の主張は、その「正当な」組合活動であるとの点について疎明がないことに帰し、肯認し得べくもなく、また他に右各解雇の意思表示の効力を妨ぐべき事由のあることについて、何等の主張、立証もないから、被申立人等は、前記当事者間に争いのない解雇の意思表示によつて、昭和四一年一月七日、申立人従業員たる地位を失つたものと言うべきである。したがつて、その被保全権利について、これを認むべくものもない以上、先に被申立人の申請を容れてなされた前記名古屋地方裁判所の仮処分決定は、これを維持し得ないから取消を免れないところである。よつて、右仮処分決定を取消し、本件仮処分申請を却下し、申立人の申立を認容することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九三条を、仮執行の宣言について同法第一九六条第一項を各適用したうえ主文のとおり判決する。
(裁判官 西川力一 松本武 鬼頭史郎)
(別紙省略)